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第6回 Bio-hybrid Tooth ー天然歯の機能をもつインプラントー
更新日:2026年4月10日
辻 孝
辻 孝,Ph.D.取締役会長・創業者

九州大学・院・理学研究科博士。東京理科大学、教授、理化学研究所BDR、チームリーダー等を歴任。東京歯科大学客員教授。理研客員主管研究員。2008年にOrganTechを創業。2024年に当社、会長に就任。 プロフィール詳細 >

 私たちが生まれてくると、体を構成している細胞には寿命があって、新しい細胞へと常に置き換わっています。私たちのからだは 200 種類以上の細胞種からできていて、これらを生み出す幹細胞と前駆細胞、分化細胞の系列があって、決まった運命の細胞を生み出していきます。からだが疾患や傷害を受けた時も、この幹細胞システムが働いて元のかたちへと戻しているのです。

 歯にもさまざまな幹細胞がいます。「歯髄の幹細胞」や、歯根膜や歯槽骨を生み出す歯根膜幹細胞が歯周組織にいることなどが知られています。「歯根膜幹細胞」は、時には硬組織である骨になったり、歯根膜という靭帯になったり、その場の環境によって柔軟に分化をしていく(第1回)と言われていますが、詳細はわかっていません。

 歯を失う理由は、大きく分けると歯周病と虫歯、歯の破折によって、歯が抜けたり抜歯をしたりするケースです(図1)。歯周病は細菌の感染で歯根膜が壊れて歯が脱落しますが、虫歯や歯の破折では歯根膜は健全な状態なのに歯を抜歯することになります。抜歯をするときには歯根膜は断裂して、歯と抜歯窩の歯槽骨に張り付いた状態であり、その歯根膜の中には、きっと「歯根膜幹細胞」が存在することも想像には難くありませんでした。

図1
図1  歯の喪失と機能障害

 「そうだ、これをつかおう」。歯根膜幹細胞を分離、培養すると、再生医療法に従うことになり、時間もコストもかかります。しかし抜歯してそこに残っているものなら、規制に縛られることはない。私たちは、天然の歯根膜を利用できる虫歯や破折を第一世代とし、歯周病のように健全な歯根膜が手に入らず、培養などが必要な治療を第二世代として、まず第一世代から着手しました。ヒトの抜歯の主原因のうち、第一世代に該当する虫歯と破折で約 48%、第二世代の歯周病が 37.1%という統計があります(平成 30 年 8020 推進財団;図2)。

図2
図2  歯を喪失する原因

 しかしどうやったら断裂した歯根膜と ハイドロキシアパタイト(HA) コートしたインプラントを結合させればいいでしょうか?私たちは最もシンプルに考えました。そこにあった歯が抜けて、歯根膜が結合できるものが入ってきて、隣の歯と同じように動けば、創傷治癒のようにからだが勝手に直してくれる、そう信じて研究を始めました。はじめはマウスでした。小さな歯を抜歯して、隣の歯に矯正用のワイヤで動かないように固定をして治癒を待ちました。すると胎児の歯小嚢(第5回記事)を使った時と同じように、組織学的に美しい歯根膜ができたのです。これが第一世代 Bio-hybrid Tooth の最初の一歩でした。

 この原理は、歯科研究者ではなく、生物学者が考える治療方法なのかもしれません。無理に刺激を与えない、物理的に結合しようとしない、など人の手を極力排除して、生物の自然治癒力を利用するのです。抜歯窩に残った断裂した歯根膜の中には歯根膜幹細胞がいて、入ってきた HA インプラントと結合して層状にセメント質を作ります。同時に歯根膜線維をセメント質にくいこませながら歯根膜線維を再構築していきます。歯根膜線維は隣在歯が食べ物を噛むメカニカルストレスによって圧迫伸長を繰り返し、固まった骨には慣れず、線維が鍛えられて成熟した歯根膜へと成長していく、という形成過程を経ているのであろうと思われます。

 さあ、いよいよヒトでの治療を意識して、大型動物のイヌでの試験を計画しました。対象とした歯は、歯根の大きさがヒトの前歯部の歯とほぼ同じ大きさである下顎臼歯 1 番の近心根であり、歯を切断して近心根を抜去する方法を選びました。インプラント体も HA コートしたヒト用インプラントを用いました。ヒト用 HA インプラントを両隣在歯に固定することによってメカニカルストレスを与えて、周辺の歯槽骨の修復や歯槽硬線の形成、歯根膜の隙間である歯根膜腔をデンタル X 線で確認したところ、移植後 9 週目で抜歯した歯槽骨はインプラント体周囲に歯槽硬線を形成させ、移植 18 週後には移植部位で生着したのです(図3)。組織像は天然の歯と同様に美しい歯根膜像が認められました(図4)、一方、走査型電子顕微鏡では歯根膜のシャーピー線維の形成が認められ(図5左)、透過型電子顕微鏡では層板状のセメント質がインプラント表層に形成されているほか(図5右)、歯根膜のシャーピー線維が侵入している様子が認められました(図5右)。生物学的な評価である動的歯周組織検査(Periotest 検査)においては、骨結合型インプラントがマイナス値を示すのに対して、移植したインプラントの生理的動揺度は 2.9、これはイヌの天然歯の約 2-5 の範囲内になり、動揺度の点からも歯根膜を介してバイオハイブリッドトゥースが生着されていることが示されました。

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図3  イヌに移植したバイオハイブリッドトゥース
図4
図5
図4  イヌに移植したバイオハイブリッドトゥースの組織像
図5  イヌに移植したバイオハイブリッドトゥースの電子顕微鏡像

 マウスからイヌでの試験においても歯根膜を口腔インプラントに付与するバイオハイブリッドインプラントができることが実証されました。
 ただこれをヒトへの応用、臨床に使うためには、まだまだ様々な開発すべきことが山積みでした。

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*本記事は、2026年4月10日時点の情報に基づく研究・開発段階の内容であり、確定的な医療行為を示すものではありません。